大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)4983号 判決
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【判旨】
一<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 被告会社は、地金、貴金属、宝石等の売買及び輸出入、金融業等を目的として昭和五四年二月一日設立され、肩書住所の谷山ビル八階に本社を置く株式会社で、昭和五七年当時宝発金号の日本における総代理業を営む香港ゴールド・トレーディング・ユニオンに加盟し、「香港純金塊取引」と称する金地金に関する取引を行つていたものであり、被告永田はその代表取締役であり、同広田は営業部次長の、同八木は営業部課長の、同志田原は営業部主任の、同小林は被告会社管理本部(所在は本社と異なり大阪市北区西天満五丁目一番九号伊勢町東洋ビル五階)サービス課副長の、同牧野は同本部部長の各肩書を有する被告会社の従業員である(以上のうち、被告会社の設立、被告永田が被告会社の代表取締役であることは当事者間に争いがない。)。
2 原告の妻恭子は、昭和五七年四月二五日、被告会社の女性従業員からの金の取引は非常に有利で早く利も出るので営業マンの話を一度聞いてほしい旨の電話による勧誘を受け、同日被告志田原が原告方を来訪して、原告及び恭子に対し、新聞等を見せ、当時一グラム当たり二三〇〇円の金の価格は底値で三〇〇〇円に値上りすることは絶対保証できる、今金の取引をしてもらえば、一か月の期間で確実に一グラムにつき一五〇円の利益を出すことができる、一ユニット(金3.743キログラム)の取引単位につき一〇〇万円の資金が必要であり、手数料は一割であるが、一ユニット買えば一か月後には約六〇万円の純益が手に入る、万一相場が下つたときは損失分を被告会社の保有する金の現物で埋め合わせるなどと述べて、金取引を勧誘した。
原告は、中学校の社会科の教師であつて、約一年前から株式の現物取引を何回かした経験はあつたが、信用取引をしたことはなく、もとより商品取引(現物取引、先物取引のいずれにせよ)には全く無知であつて、被告志田原の説明によつても右一〇〇万円の算出根拠やその性質等取引の仕組みについて充分に理解することができなかつたが、確実に儲かる取引であるとの被告志田原の甘言に乗せられて、一ユニットの買注文をすることとした。当時の金の価格(一グラム当たり二三〇〇円)によると、もし、一ユニットの金の現物を引き取るものとすれば八六〇万円余の資金が必要となる筈であつたが、被告志田原からそのような説明は全くなく、原告は金の現物を買い取ることなど夢想もしていなかつた。そして、原告は、被告志田原の指示により、日付を同年四月二四日と遡らせた一ユニットの買注文書に署名・押印し、同月二八日一〇〇万円を被告会社へ持参することを約した。
2 同年四月二八日、原告が前記谷山ビル八階の被告会社へ行くと、被告志田原及び同八木の両名が応接し、一〇〇万円の支払と引換えに領収証を交付した。その際、原告は、右被告らから二枚綴になつた「香港純金塊取引システムについて」及び「香港純金塊取引同意書」と題する同月二四日付の活字印刷の書面にサインするよういわれて署名・押印したが、右被告らは、後日コピーを送るということで、原告が内容をゆつくり読む暇もなく持ち去つたため、原告は、香港の市場における金の取引であるということ以外には「香港純金塊取引」がいかなるものであるかについて明確に分からないままであつた。
右一〇〇万円の授受が終つた後、被告八木は、原告に対し、特別会員という扱いがあるが自分はよく知らないといい、その場に顔を出した被告広田が、特別会員というのは、二年に一回募集している制度で、被告会社が四〇パーセント、その顧客達が六〇パーセントの割合で出資し、このような会社が数社集まつて香港市場において取引をするもので、大口の顧客について手数料抜きで必ず儲けてもらつている、市場に働きかけ、産油国の資金による買付けであるとの情報を流す等各種の手段を用いて相場操作をすることにより、五月七日から二一日までの二週間のうち必ず一グラム当たり四〇〇円の値上りをさせるなどと説明し、持参した顧客名簿のような台帳を原告に示しながら、特別会員には大手有名会社の社長や土地建物を担保に入れて取引をしている人もいるから安心してほしいと述べて、特別会員になるよう勧誘した。そして、もし多額の資金が用意できないときは、小口の顧客を何人か併せて特別会員の取扱をするよう便宜を計るといつた。
原告は、被告広田の退室後、その場に残つた被告八木に対し、前に交付した一〇〇万円を含めて三〇〇万円調達するのが精一杯である旨告げると、被告八木は、五ユニットの取引を勧め、右一〇〇万円差入れの買注文に基づき、同被告の責任において被告会社が価格の低い時期に買つてある金を売買(同被告は、これを「パタンパタン」と表現した。)して出た利益を充当するから、同年五月七日までに二〇〇万円を用意してもらえばよいと返答した。そして、被告八木は、早速その場で被告広田に「杉浦さん六ユニットでお願いします。」と電話連絡し、原告の質問に対しては、最初の一ユニットは重複していて分割計算するから六ユニットで差し支えない旨説明した。そこで、原告は、いまひとつ腑に落ちないまま同年四月三〇日付の六ユニットの買注文書に署名・押印した。
3 原告は、同年五月五日被告八木から、パタンパタンによつて一八〇万円の利が出ているが、二〇万円不足なので、翌六日に二二〇万円を持参してほしい旨電話連絡を受けた。
4 原告及び恭子は同年五月六日被告会社応接室において、持参した二二〇万円を被告八木に手渡した。ところが、被告八木と入れ替りに被告広田が入つて来て、原告に対し、一ユニットの買付手付金は一〇〇万円であり、六ユニットの買注文であるから三八〇万円不足していると述べて、不足分の支払を求めた。原告は、被告八木との話合の経過を説明したが、被告広田は、被告八木の話をすべて否定し、原告らの面前で、被告会社の信用を失墜させたとして被告八木を厳しく叱責した。原告は、不安を感じ、取引を全部解約したい旨申し出ると、被告広田は、既に六ユニットの買注文書が作成されている以上取引を白紙に戻すことはできず、今の値段で清算すれば大きな損となり、追加金の支払を要する、特別会員になれば五月二一日までに絶対儲けてもらえる、少くとも一グラム当たり二〇〇円の値上りは保証するなどと執拗に残額三八〇万円の支払を求め、原告と約五時間にわたつて押問答を繰り返した。原告は、長時間の折衝に疲れ、今解約すれば既に交付した三二〇万円を取り戻すことすら不可能になるといわれ、困惑した挙句、最初の一ユニットを含め合計六ユニットの買注文を前提に更に二八〇万円を支払うことを承諾した。
5 恭子は、同年五月一〇日被告会社応接室において、被告八木及び同広田に二八〇万円を手渡し、引換えに「香港純金塊取引受渡代金受領証」と印刷された被告会社の用紙による六〇〇万円の領収証を受取つた。その際、被告広田は、恭子が持参していた最初の一ユニットの買注文書を破棄し、前に原告が署名・押印した「香港純金塊取引システムについて」及び「香港純金塊取引同意書」と題する書面の日付を六ユニットの買注文書の日付に合致させるため四月三〇日に訂正するよう指示した。また、被告広田は、恭子から今回の二八〇万円は母親に内緒で持ち出した金で、五月中に確実に回収できるか確認を求められ、五月二五日ころには絶対間違いなく利益を上げて返つてくる旨応答した。
6 同年五月一二日被告小林は、被告広田の命を受けたとして、原告方を訪問し、金が値下りしても顧客が損をしないようにガードするために来たが、そのために空売りをしてほしい、買戻しによつて儲けてもらうが、その時期は被告会社の方で指示する、形式的なものでそれまでの買注文の場合と異なり一切金はいらないなどと説明し、持参した同年五月一一日付の六ユニットの売注文書に署名・押印を求めた。原告は、当日の金の価格が一グラム当たり二二七四円で、六ユニットの買注文をした時点の価格より下落しているので疑問を感じ、空売りの意味も理解できなかつたが、損を防止することができ、新たに資金を出す必要もなかつたところから右売注文書に署名・押印した。
7 恭子は、同年五月一三日に被告会社に連絡したところ、被告牧野から大口の顧客を特別会員の名称で呼んでいる事実はあるが、手数料不要とか相場操作ということは絶対ありえないといわれた。そこで、原告らは、不審の念を強くし、大阪通産局に事情を訴えた結果、然るべき人に相談するよう指導された。
以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。
右認定の事実によると、被告会社の行つている「香港純金塊取引」の詳細は不明であるが(被告らは、四回にわたる本件口頭弁論期日に一度も出頭せず、原告の請求原因事実の大部分を否認する旨の答弁書を提出した以外、全く主張、立証活動をしない。)その実態は、昭和五六年九月二四日金を商品取引所法の規制の対象となる商品に指定する政令(昭和五六年政令第二八二号)が施行され、昭和五七年二月二三日金の公設先物市場を開設する政令(昭和五七年政令第二三号)が施行された(この点は公知の事実である。)にもかかわらず、右規制を免れるため、海外の香港市場における取引を利用して金の先物取引を勧誘したものとみるべきである(このことは、当初から金の現物の授受が全く問題とされず、被告会社の従業員みずから、原告に対し、商品先物取引において、価格の下落が予想される状況のもとで売付けた商品を買い戻して価格の下落による損失を埋め合わせる場合に用いられるいわゆる保険つなぎのための空売りを勧めていることに如実に現われている。)。しかもその勧誘の態様は、金の価格が騰貴するとの断定的判断を提供したほか、手数料が不要であるとか相場操縦の方法を説明するなどして利益を保証する旨もちかけ、徒らに顧客の射倖心を煽り、過当な投機に引き込んだものであるばかりでなく、原告が取引の過程で不安を感じ、解約の意向を示したにもかかわらず、解約すればそれまでに支払つた金員の返還を受けられないのみならず追加金の支払を余儀なくされると迫つて原告を困惑に陥れ、冷静な判断を著しく阻害した状態のもとで六ユニットの買注文の契約を締結するに至らしめたものといわざるをえない。そうすると、右取引は、商品取引所法の規制を回避する脱法行為にあたるものというほかなく、その内容は社会的に見て到底許容されない違法なものであるから、これに関与し、実行行為を分担した被告志田原、同八木及び同広田が共同不法行為者として損害賠償責任を負うことは明らかであり、被告会社の代表取締役である被告永田は、その立場上共同加功者としての責を免れず、被告会社も被告志田原、同八木及び同広田の使用者として、右被告らがその業務の執行に関連してなした違法行為について損害賠償の責を負うべきものである。しかし、被告小林については、その所為と原告の被つた損害(六〇〇万円の支払)との間の因果関係を認め難く、また、被告牧野については損害賠償責任を負わせるに足りる違法行為の存在を認めることができない。
(島田禮介)